「別にね、二人が喧嘩したことについて怒ってるわけじゃないの。だって今更二人に喧嘩するなって言っても無理な話でしょ? 最初の方は何回か止めたけど、二人とも聞く耳持たないんだもん。でも、まあわたしに直接的な被害があるわけじゃないからいいかな……とか自分勝手だけど思ってもいたの。学校の備品壊して怒られるのは二人だし、それで懲りるかなとも思っていたの。結果そうならなかったけど。だからわたしも仕方ないのなかなって傍観者になっていたわけだけど、さすがに今回ばかりは、ね。 わ た し の 蚊 取 り ぶ た さ ん 壊 し や が っ て こ の や ろ う 」

「「ごめんなさい」」

 夏休みラストスパート。今日は宿題の追い込みとしてシズくんを招いての勉強会だったのだけど、そこへ招かざる客がやってきた。お隣の幼馴染、シズくんとは犬猿の仲、イザくん。郵便か何かかと思って素直に玄関を開けたのが間違いだった。どうしてインターフォン確認しなかった、わたし。わたしの制止の声も聞かず、「新羅とドタチンにはもう写させて貰ったからの分写させて」とずかずかと我が家へ足を踏み入れたのだ。そしてあろうことかそのままわたしの部屋へと向かったのである。わたしは焦った。もの凄く焦った。今部屋にはシズくんがいる。わたしの部屋を戦場にしてたまるか! いつもより三割増し必死になってイザくんを止めたが、その努力虚しく彼はわたしの部屋のドアを開けてしまった。瞬間、部屋の温度が三度くらい下がったように感じた。シズくんは視界にイザくんの姿を入れた途端、いつものようにイザくんの名前を叫ぶ。……お願いだから、わたしの部屋で暴れるような真似だけはしないでほしい。しかしイザくんという人物はシズくんの一番の起爆剤だ。わたしのそんな願いを聞き入れてくれる神はおらず、ものの数秒で家は戦場と化した。……親、いなくてよかった。

「ちょ、ちょっと、二人とも……!」

 シズくんはちょうど横にあった黒猫のぬいぐるみを掴むと、それを投げた。ぬいぐるみを投げたなんて、いうけど実際は野球選手も真っ青のスピードだった。イザくんに黒猫がぶつかったとき、その音はおよそぬいぐるみから出てくるような音ではなかった。あのぬいぐるみの中には鉄の塊でも入っていたのだろうか。猫がクリーンヒットし、部屋の前の廊下に倒れ込んだイザくん。

「っつぅ……、シズちゃんがいるなんて、聞いてないよ……」

 だって言ってませんもん! というかわたしが言おうとしたのにそれを無視して部屋へ行ったのはイザくんである。自業自得とはこのことであるが、今回ばかりは一概にイザくんだけが悪いとは言い切れない。大抵はイザくんがシズくんを挑発してしまい、それがシズくんの逆鱗に触れ、戦争勃発という流れが多い。まあ、今みたいにイザくんを見つけた途端に何かを投げつけるということも同じくらいよくあるけども。パブロフの犬もびっくりだ。
 なんて、わたしが考えているうちにイザくんは懐からいつものバタフライナイフを取り出していた。わあ、臨戦態勢。恐らく、もう二人はここがわたしの家であることを忘れている。本当にこの二人は仲が悪い癖に変なところで気が合う。冷や汗ダラダラのわたしのことなど見向きもせずにガンを飛ばし合っているイザくんとシズくん。冷や汗どころか目からも何かが零れそうになってくる。前にシズくんはシンくんの家の扉をイザくんにぶつけようとしていたけど、わたしの部屋でもそれをやるつもりなのだろうか。わたしの部屋はこの原形を留めていられるのだろうか。先に行動をはじめたのはシズくん。先程までその上で勉強していたミニテーブルをひょいと持ち上げた。その拍子に上に乗っていたプリントや筆記用具が床に散乱する。あんなもの投げられたら、壁に当たりでもしたら、ぽっかり穴が開いてしまうに決まっている。まだ家のローン残っているのに! 我に返ったわたしは部屋の中へ入り必死にシズくんの腕を掴んだ。

「ままままま待って待ってシズくん!!」
「止めんじゃねぇ、……!」
「いや止めるよ!? ここわたしの家だからね!?」

 わたしが止めに入ったことで一瞬の隙が生まれた。それを狙ってイザくんはシズくんにナイフを向けたが、シズくんはわたしの頭を片手で抱えながら避けた。イザくんに文句を言おうと口を開いたところ、耳に聞こえる何かが割れたような乾いた音。その音のする方を見ると、そこには無残にも砕け散った蚊取りぶたの姿が、あった。

 冒頭に戻る。

「わたし、このぶたさん気に入ってたんだよ? ちょこんと座った形が可愛くて思わず買っちゃってさ。壊したのはイザくんだけどシズくんにも非はあるよね? シズくんがイザくん見て頭に血が上らなかったらぶたさんが壊れることはなかったんだよ? あとなんでイザくんはわたしの話を聞かないわけ? シズくん来てるって言いたかったのにそれ聞かずにわたしの部屋行こうとするからこんなことになったんだよ? わ か っ て る の 二 人 と も ?」

((こえぇ))

 二人をその場に正座させ、わたしは彼らを見下ろす形で説教をした。縮こまったその姿は来神高校の問題児、折原臨也と平和島静雄だとは思えない。問題を起こすのは学校内だけにしてもらいたい。少なくとも、わたしの家でなんて以ての外だ。自分勝手? そんなのわかってるけど、誰でも自分の家で暴れられたらたまったものではないだろう。

「……喧嘩両成敗、ってよくいうよね」
「は?」
「どういうこと?」
「イザくん、リーディングは自分で頑張りなさい。シズくんも残りの課題は自力でやること。……二人に拒否権あると思ってるの?」

「へえ、そんなことがあったんだ」
「……も苦労したな」

 新学期、周りが一ヶ月半会えなかった友達と休み中の思い出話に花を咲かせる中、わたしは夏休み最後に起きた苦労話をシンくんと京くんにしていた。あそこまで怒ったのは久しぶりのことだった。二人が帰った後、ちょっとした罪悪感に苛まれたけども、壊れた蚊取りぶたの掃除をしていると同時にその考えも綺麗になくなった。当たり前の措置だと思う。うん。……しかし、シズくんは課題を無事終えることができたのだろうか(イザくんはなんだかんだで勉強できるからばっちりやっていた)。

「ああ、静雄なら俺に連絡してきたぞ」

 随分凹んだ様子だったからどうしたかと思ったら、そんなことがあったからなんだな。と京くん。そっか、京くんに助けを求めたのか。それならきっと出来たんだろうな、と少しだけ安心した。

 アイスでわたしだけ外れだったり、イザくんからスイカを貰ったり、マイちゃんの悪戯でイザくんがラムネまみれになったり、シズくんと夏祭りに行って黒猫のぬいぐるみ取ってもらったり、蚊取りぶた壊されたり、いろいろなことが起きた高校2年生の夏休み。最後の事件を除けば結局はどれもがいい思い出。来年の夏は遊んでいる余裕なんてないかもしないから、こうやって馬鹿みたいに楽しく過ごせた夏休みはとても充実した時間だった。……来年の夏こそは彼氏ができていますように!